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MAX
スペシャルインタビュー

信じる力とあきらめない心。70代までMAXです! MAX

  • 成功を信じて走り続けた10代
  • 喜ぶ人がいる限り、生涯現役!
  • 失敗したら笑って、次に行けばいい。
  • LINA

    元気いっぱいのムードメーカーで、家族にあてはめると「次女」。趣味でデザインしていたルームウエアのブランドを今年立ち上げる。

  • MINA

    面倒見がよく物知りでグループの父親的存在。子育てのため普段は沖縄に在住。向上心旺盛でこのところNY留学を夢見ている。

  • REINA

    メンバーのイメージは「末っ子」「ペット」だが、家庭的で母親的役割も。ファッションブランドの立ち上げを初め、やりたいことがいっぱい。

  • NANA

    しっかり者のお姉さん的存在。ライブの演出や構成を担当し、AKB48の振付も経験。今後は映画や舞台にもチャレンジしていきたい。

成功を信じて走り続けた10代

-昨年、結成15周年を迎えたMAX。クオリティの高い歌唱とダンスで人々を魅了し続け、芸能界の第一線で活躍し続けている。10代でデビューした彼女たちに当時の想いを訊いてみた。

NANA私とMINAは2人一緒にデビューが決まって、14歳と15歳で上京したんだよね。東京に行く時はいま思い出してもあきれるくらい、絶対に成功すると信じ切ってた。でも最初の頃は、全然仕事がなくてひたすらレッスンの日々。こんなはずじゃなかったと、普通に学校に通っている友達がうらやましく思えたこともありました。

MINA確かにデビュー前の意気込みはすごかったよね。毎晩毎晩、猛反対する親を「スターになるから」って説き伏せて。現実はそんなに甘くなかったけど、大口叩いて上京した手前、泣きごとを言えるわけもない。どこにも逃げ道がない。頑張るしかない状況でした。

NANA「テレビで見ないけど」と心配する親に「東京ローカルだから沖縄では映らないのよ」と手紙を書いたりして(笑)。そんな風に強がって自分たちを追い込んだからこそ、強くなれたのかもしれない。だって「保険」を作ってしまうと、逃げるほうが楽でしょう?ただ、ひとりでは抱えきれない現実だったから、仲間たちと励まし合えたことが大きかったですね。

LINAそんな先輩たちのおかげで(笑)、私とREINAが2年後にグループに参加した頃は、もう順調にお仕事がありましたね。だから私にとっての「壁」はむしろデビュー前。東京から遠く離れた沖縄のスクールで歌やダンスの練習をしながら、デビューの誘いを待つ身でした。「きっとチャンスが来る」という自信と「いや、私なんか才能がないから駄目」という不安の間で揺れていました。

REINA一度、私とLINAを含めた3人組ユニットでデビューする計画もあったよね。それがなくなってこのままじゃいけないと。2人で東京に行ってオーディションを受けまくろうね、と誓った直後にデビューの誘いが舞い込んだんです! しかも私とLINAの2人に。すごい展開だなあと。

-こうして1994年、MAXの前身となるダンスグループに4人が結集。翌年にMAXが誕生する。

MINAMAXとしての最初の試練は、デビュー後の2曲が振るわず崖っぷちに立たされたこと。3枚目のシングル「TORA TORA TORA」が出るとき、「これが売れなかったら全員沖縄に返すぞ」と言われて。北海道から九州まで必死でプロモーションに駆け回りました。

NANAあれは忘れられないね…。雪が降りしきる中、ミニスカートのステージ衣装をずっと着たままで移動していたね。

REINAでも、私たちみんな笑ってたよね。辛かった、大変だったという記憶はあまりない。お互いに「そんなパフォーマンスじゃ(沖縄に)返されるよ」とキツイ冗談を交わしながらプロモーションに全力投球していました。何事もポジティブに受け止めて明るく乗り越えようとする。そういう気持ちの切り替えはみんな上手かな。

LINA「TORA TORA TORA」がヒットして、次第にMAXの名が知られるようになって、そこからは夢のよう。97年にNHKの紅白歌合戦に初出場した時は、沖縄の両親や友達が大喜びしてくれました。

喜ぶ人がいる限り、生涯現役!

NANA次の大きな試練は、やっぱりMINAの産休かな。女の子のグループってこういう現実に直面するんだと実感しました。新メンバーの加入と脱退、それからMINAの復帰…、大変な出来事を乗り超えるたびにグループの結束が強まったよね。何もかもうまくいっていたら15年も続かなかったかもしれない。

LINAミーティング中のあらたまった席じゃなくて、食事や雑談の場で、事あるごとにみんなの意志を確かめ合えたのも良かったね。MAXとして何がしたいのか。基本的に全員がいつも同じ方向を見ていると思います。

NANAそう、今なら「ライブ」という方向。もちろんライブは大好きで、定期的に続けているけど、MINAが復活してこの4人でステージに出た時、ずっと応援してくれる人がいることの大事さを心の底から感じたんです。私たちがMAXをやることで喜ぶ人がたくさんいる。誰かのためになると信じられることが続けていく力になる。だから皆の前で歌って踊って、というのを力の続く限りやっていこうねと誓っています。

REINA目標は70代だよね(笑)。実は今日のテレビ収録で、70歳で現役の振付師の方にお会いしたんですよ。とても素敵な方で踊りも最高で、ずいぶん刺激されました。

MINA私たちもMAXとして、70歳まではガンガンやっていこうね。たとえ杖をついてでも。そうなったら“杖ダンス”を創作しちゃおうかな(笑)。どんな状況でも対応できますよ。

LINA究極のポジティブ・シンキング(笑)。

失敗したら笑って、次に行けばいい。

-最近はテレビ出演や振付、ファッションブランドの設立など、メンバー個々の活動も充実している。新しい分野に前向きに挑戦し、そこで得たものをまたMAXに還元して、ユニットもさらにパワーアップしていくのだろう。そんなメンバーから読者へのメッセージは。

NANA10代なんて何度でもやり直しがきくんだから、まず自分の信じた道を突っ走ってほしいな。

MINAそう、30代でも全然やり直せるんだから。挑戦するのに遅いっていうことはないよね。

NANA逆に「あの時やればよかった」と後悔する方が絶対辛い。「チャレンジしないことが大失敗」というのが私の座右の銘です(笑)。失敗したら大笑いして、また次に進めばいいんだから。自分の好きなことを見つけたら頑張って欲しいな。

REINA私には歳の離れた姉弟がいるんですが、2人とも高校生の頃から「やりたいことがない」と悩んでいました。情報が多すぎてそうなるのかも。でも「夢」なんていう、大層なものでなくてもいい。とりあえず少しでも興味のあることを見つけたら、絶対にやってみなよと言い続けています。同じ言葉を読者の皆さんにも贈りますね。

NANAそう、そしてそれを周りに表明すること。「言霊(ことだま)」ってやっぱりあるよね。口に出すと後に引けなくなるから腹も据わるし、ひとりで抱えこまなくても済む。応援してもらえるかもしれない。それと、助け合える仲間を作ることも大事かな。悩みを打ち明け合えるのもステキだし、同じ目標を持つ仲間がそばにいるだけで、本当に頑張る力が湧いてくるんです。

LINA私もみんなと同じ気持ち。信じる力もあきらめない心も大切。一番伝えたいのは、失敗することを恐れずに進んで欲しいということです。失敗から学ぶことはたくさんあるし、それが自分の力になる。MAXはこれからも挑戦を続けることで、若いみんなにエールを送ります!

Profile プロフィール

MAX

メンバー全員が沖縄県出身のボーカル&ダンスユニット。
1995年にデビューし、数々のヒット曲やアルバムのミリオンセラーを連発。一度のメンバー交代を経て、現在はオリジナルメンバーで活動している。チケットが即完売となるライブステージのほか、最近は個々のメンバーでも活躍の場を広げている。

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