武井 壮さん スペシャルインタビュー

一括資料請求

menu

専門学校AtoZ

専門学校の基礎知識

  • 01-04
  • 05-08
  • 09-12

専門学校への4つのROUTE

  • ROUTE1 高校を卒業して
  • ROUTE2 大学・短大を経て
  • ROUTE3 社会人を経験して
  • ROUTE4 海外から留学
  • 難関資格取得への道
  • 学校選択8つのポイント
  • 気になるお金のこと
  • 進学お悩み相談室
  • スペシャリストになろう
  • 保護者の皆さまへ
  • スペシャルインタビュー
  • 専門学校の「就職」はココちがう!!

閉じる

  1. 東京都の専門学校オフィシャルサイト TOP
  2. 武井 壮さん スペシャルインタビュー

武井 壮さん
スペシャルインタビュー

ライオン、トラ、象……。あらゆる動物と戦って勝てる「百獣の王」を目指す男として、2012年、彗星のようにTVに現れた武井壮。その驚異の身体能力と独特の存在感で、一躍バラエティ番組にひっぱりだこの人気者となった。タレントにもアスリートの枠にも収まらない、「武井壮」としか呼びようのないこの人の魅力は、一体どのように培われたのか。明晰な言葉で、ブレイク前の自分と人生における転機、そして若者への想いを熱く語ってくれた。

「百獣の王」を目指すまで

最高の自分になろうとあがき続けた日々

何者かになりたい。もっと言えば、スターになりたい。いつの頃からか、そう思っていました。運動が好きで得意でもあったことから、世に出る手段としてスポーツを活かそうと決意したのが小学校3年生のとき。どうすれば運動能力が向上するか、自分なりに考えて身体を動かすとともに、『解剖生理学』や『運動理論』といった大学生向けのテキストを読み漁って研究しました。よく「運動神経が良い」という言い方をしますが、運動能力はそんな風に生来の才能として限定されるものではありません。向上する意志を持ち、意識して身体を動かすことで、結果的に人より優れた力を発揮できるようになる。僕はそう考えています。

-TVで見る勇猛なイメージとは裏腹に、知的で落ち着いた語り口で武井さんは話を始めた。スポーツで身を立てようと決心し、高校時代にはプロボクサーを目指すがケガにより断念。しかしどんなスポーツでもトップになれるという自信が揺らぐことはなかった。大学生のうちに何かの競技で日本チャンピオンになってみせる。そして出会ったのが。

陸上です。最初は全く興味がなく、友人に誘われて練習を見るだけのつもりでした。でも入学直後の体力テストでぶっちぎりの成績を上げたのが注目されたのか、「あの武井君が来たぞ」と。大歓迎され、先輩たちに引きずり込まれるように入部しました。有名な監督の目に留まり、いきなりトップ選手と共に合宿メンバーに選ばれ、2ヵ月ほどで大会に出場して、100mで10秒9を記録。「元ボクサーの異色の新人」と新聞でも報道され、ひょっとしたらカール・ルイスみたいなスターになれるかもと自信満々でした。でも次の国体で、あの朝原宣治選手と一緒になったんです。

忘れもしません、彼はそこで10秒19の日本新記録をマークしました。不思議な気分でしたね。いま隣にいる奴が、長い人類の歴史の中で、100m走においては全ての日本人のなかで一番速いんだと。彼は正しい知識と技術を持って努力していたから、大学生のうちにはとても追いつけないと諦めました。

そこで3年の夏から、一番難しいけれど日本一になるのが最も簡単だと思った十種競技に転向します。十種競技とは、初日に100m・走幅跳び・砲丸投げ・走高跳び・400m。2日目にハードル・円盤投げ・棒高跳び・やり投げ・1500mを競うというキングオブアスリートと呼ばれる種目です。自分なりのスポーツ理論に基づきトレーニングを重ね、短期間でめきめき上達しました。そして2年半後、日本陸上競技選手権大会で優勝。ついに日本一になったという達成感で一杯でした。

でもね、次の日、全く何の話題にもならなかったんです。愕然としました。日本最高の自分になったのに誰も喜ばない。マイナースポーツだからなのかと意気消沈しました。

ただ僕は3年間本気でやれば、どんな世界でも成功できると信じていたから、気持ちを切り替えて、次はゴルフ選手を目指すことにしたんです。ゴルフなら人気もあるし、年齢的にも長くできますからね。企業のスポンサードを獲得してアメリカに渡りました。

いのちの意味を突きつけられた瞬間

-抜群の運動能力を誇る武井さんはゴルフもたちまち上達。スポンサー企業の特待生からフリーになり、ミニツアー参戦やレッスンプロなどで生計を立てていた。だが思い描くスターとはほど遠い現実に心は満たされない。さほど身体を動かさないスポーツであるゴルフの影響や、アメリカの食生活によって肥りがちになり、自分の写真を見てショックを受けたのもこの頃だ。鬱々とした日々を送るなか、人生最大の転機が訪れる。

オレゴン州にいた頃です。早朝に山道をジョギングしていると、目の前に突然、野生の鹿が立ちはだかったんです。野生の鹿というのは目を疑うほど巨大で、体当たりされたら間違いなく命を落とします。

「こんなところで終わるのか」―今までスポーツを通しておのれの価値を高めようと、懸命に努力し、試行錯誤してきたのに、結局何も得られず、肥った姿で尽き果てるのか。無念の思いで目を閉じたとき、その鹿がすっと去っていきました。

「助かった」。その瞬間、洪水のようにわーっと想いが押し寄せました。一番は生きていることの喜び、そして自分の小ささです。地球上では鹿も人間も同じ生き物。人間社会の中で日本一がどうの、ゴルフがどうのと汲々としている自分がとても小さく思えました。まずは生きていること。とにかくこの世の危機から逃れられる自分でなければならない。地球上どこに行っても生き残れる知識と身体能力を手に入れよう。同時に人間・武井壮として生きた証しを残したい。これはまさに僕の人生のターニングポイントでした。

その日の帰り道、日本に戻ってもう一度トレーニングしようと決意しながら、動物の倒し方を研究するために書店に立ち寄って『動物図鑑』を買い求めました。これが「百獣の王」の始まりです。

  • 2008年北京オリンピック 陸上男子400mリレーの銅メダリスト

魔法使いになりたい

人に求められてこそ力は「魅力」になる

-帰国後、トレーニングに邁進し、全盛期と同じ精悍な肉体と身体能力を取り戻した武井さん。スポーツトレーナーとして陸上選手をはじめプロ野球選手やゴルファーの指導にあたった。猛獣を倒すためのシミュレーションにも真剣に取り組み、本人いわく「(獣にあてる)石を速く投げるために」、野球を本格的に開始。台湾プロ野球チームのコーチを経て2005年、社会人球団の茨城ゴールデンゴールズに入団し投手として活躍したことも。一方で30歳を機に、かねてから決めていたという芸能活動をスタート。その活動の多彩さと、飛び込む世界ですぐに通用する実力は、誰にもマネできるものではないが。

でも30代は一番しんどかったですね。本能的にやりたいことが次々とできて、それに挑戦しているだけなのに、以前はそんな僕を面白がっていた友人が「お前、まだそんなことやってるの」と呆れるわけですよ。30代ともなると皆きちんと就職してそれなりの役職に就く時期です。でも僕はまだ何者でもない。家も持たず、友人の家を泊まり歩いてフラフラしているように見える。

だけど、やりたいことがあるのに、生活のために働いて人生の時間の3分の1を会社に捧げる……そんな勇気はどうしてもなかった。「俺の何がいけないんだろう」と自問自答の日々でした。

芸能活動を30歳から始めると決めていたのは、役者をしていた兄の影響です。志半ばで病に倒れ、24歳で亡くなった兄の夢も継げたらいいなと考えていました。でも芸能界と縁ができ、TVに出ている有名人をそば近くで見るのは、僕自身にとっても、とんでもない衝撃でした。これが第二の転機です。

どう言えば伝わるだろう。彼らがそこにいるだけで、周りの人が本当に喜ぶんですよ。握手してほしい、サインしてほしい、あるいは見つめるだけで幸せ。一方で僕は、スターになるため懸命に努力して、スポーツで日本一にもなったけど、誰にも知られず見向きもされない。この彼我(ひが)の差に愕然としました。この人達には勝てない。歌手の森山直太朗君なんか、彼がバラードを歌うと、1万人もの聴衆の最後列の人までボロボロ泣きだすんです。陽気に喋りだすと一転して全員が笑顔に変わる。「魔法使いだ」と思いましたね。俺が欲しかったのはこれだと。

振り返れば、スポーツに打ち込んでいた頃は「日本一になりたい」「最高の力が欲しい」と自分のことしか考えていなかったんですね。でも力イコール人としての魅力ではないと、彼らに接してガッツリ気づかされました。

そこからですね。武井壮として人を喜ばせる人間になろうと意識したのは。武井壮を見ると楽しい、もっと見たいと思ってもらえるように、会話に気をつけ、人と会うときはいつも元気な自分でいようと心がけるようになりました。自分のために取り組んでいた「動物の倒し方」が多くの人に楽しんでいただけたのも、その積み重ねかもしれません。

-2012年、才能豊かだが世に知られていない芸能人を紹介するバラエティ番組『うもれびと』に出演し、一気にブレイク。そこからの活躍は誰もが知る通りだ。

自分史上最高の日々を

つぶしのきく「力」と「魅力」を学ぶ場所

-今までにない新しいタイプのタレント、いや「武井壮」の快進撃は、TVのこちら側の人をもワクワクさせ続けている。次は何をやるのか。そしてどうして様々なスポーツがいとも簡単に「できる」のだろうか。

それは子どもの頃から考えてきたトレーニング理論の成果ですね。僕はひとつのスポーツに特化した技術練習はあまりしないんです。それより頭で描いた動きがその通りにできるかを徹底的にトレーニングします。たとえば目を閉じて両腕を水平に伸ばす。まっすぐのつもりでもズレているでしょう? 完全に水平になるまでイメージと実際のズレを修正して、精度の高い動かし方をルール化して身体に覚えさせます。スポーツってシンプルにいうと理想通りに動けたら全部成功するもの。だから思い通りに体を動かすことがスポーツの基礎なんです。

ただ脳が描く動きと身体が微妙にずれていても、反復練習によってその競技自体は上達するんです。でもこれは1つの分野だけ技能が突き抜けている状態だから、他のスポーツでは素人同然。本当はこれ、おかしな話なんです。身体能力は汎用性があるものなのに、ひとつの分野にこだわるあまり可能性を狭めている。まずは何にでも通じる力を鍛えること。これは学問も同じですね。

だから僕は若い皆さんに、思いきり学んでほしいと思うんです。僕の見聞からいうと、日本の専門学校や大学などの高等教育機関は、設備も教授陣も紛れもなく世界のトップクラスです。

特に専門学校は、その道の専門家、一流の先生がいっぱいいるわけでしょう。使い放題、質問し放題ですよ(笑)。これから専門学校に進学する皆さんが本当にうらやましいですね。叶うことなら、僕ももう一度学生に戻りたいくらいです。医療を学ぶのもいいし、ピアノや声楽を習うのもいいな。だってそんな能力を人生の中で身につけられる機会ってなかなかないでしょう? 最新の理論もそうだし、高い技術を獲得する仕組みがどうなっているか、ほんの一日、その道のトップの先生に話を聞けるだけでもすごい財産なのに、そんな恩恵を学生時代めいっぱい享受できるのが日本の高等教育機関、ことに専門学校だと思います。本当に、宝箱の中にいるようなものですよ。

若い頃はその価値になかなか気づけないけど、あとから「しまった」と後悔してほしくない。だからバイトも遊びも駄目とはいわないけど、遊ぶのは幾つになってもできるから、学びを吸収する“ポケット”が自分にたくさんついている今この時期に、そこに宝物をいっぱい放りこんでほしいな。

そしてもうひとつ、どこでも通用する力を養うとともに、人としての魅力を磨いてほしい。力は人に必要とされて初めて魅力になるんです。僕はそこに気づくのが遅かったから回り道をして、その点でも若い皆さんをうらやましく思います。まずは友人、親、先生など、身近な人を笑顔にできる自分になろうよ。キラッキラの自分になって社会に出れば、いつのまにか「魔法」が使えるようになるはず。僕も魔法のタネを増やすために、毎日、「自分史上最高」の輝きを追求していきます!

Profile プロフィール

武井 壮さん

1973年生まれ。東京都葛飾区出身。神戸学院大学、中央学院大学卒業。中央学院大在籍時の23歳、日本陸上競技選手権大会十種競技で優勝。他にも数々の国内タイトルを獲得する。その後もゴルフ、野球、柔道、陸上などさまざまなスポーツにチャレンジし続け、今もなお地上最強の「百獣の王」を目指して日夜トレーニングに励んでいる。2003年頃から芸能活動をはじめ、2012年、TV出演を機にブレイク。バラエティ番組に欠かせない人気者として活躍している。

シゴトで学校を探す

Search

学校情報検索

かんたん検索

シゴトで探す

シゴトで探す

  • 資格で探す
  • 路線や駅で探す
  • オープンキャンパスを探す