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鉄拳さん
スペシャルインタビュー

色んなことをやってみた。そして今、最初の夢が叶っている!

  • マンガ家志望からプロレスヘ、切り替えの早さにちょっと後悔
  • 芸人としてブレイクするも下り坂。でも土壇場で奇跡が起こったんです
  • 絵だけで全てを伝えたい。鉄拳パラパラマンガの魅力とは
  • やってみなきゃわからないこともある。「この道」と決めた人はラインを越えよう

一組の男女の生きざまを、時の流れを象徴する振り子に映して抒情的に表現した『振り子』。夫婦の一生を余韻豊かに描く『絆』。お笑い芸人として世に出た鉄拳さんは、いまや数多くの「名作パラパラマンガ」で絶大な支持を集めるクリエイターになった。その経歴からマルチな才能の持ち主のように見えるが、実は鉄拳さんの10代から30代は、諦めと挑戦の繰り返しだった。さまざまな経験から見えてきたものは-。今の想いを誠実に語ってくれた。

#1 マンガ家志望からプロレスヘ、切り替えの早さにちょっと後悔

小学生の頃は「マンガ家の先生」になるのが夢。中学校で美術の先生に描き方を教わって、高校から本格的に描き始めて。少年誌の投稿第1作目で期待賞※1を獲った時は「僕って天才」と有頂天になりました。次は準入選だな、そして3作目で大賞か優秀賞をもらって華々しくデビュー、と考えていたのが、なぜか2作目が最終選考にも残らない。自分としては1作目よりも数倍面白いものを描いたつもりなのに、編集者から「ちょっと違うな」と言われて途方に暮れました。そこでなんか熱が冷めちゃったんですね。正確に言うと、その頃はもうプロレスの虜(とりこ)だったから。2作目が駄目だったのは「プロレスの世界に行きなさい」という神様のお導きだと思ったんです(笑)。

それで18歳でFMW※2のオーディションを受けて、その時は合格じゃなかったけど「素質があるから通いなさい」と言われて。僕を含めて5人くらいだったかな。通って、そして最終選考で全員合格して。でもその後の練習が、僕だけ「ワンー、ツー…」とカウントを取るんです。おかしいな、他の人はスパーリングをしているのにと思っていたら、「君はレフェリーでの合格だ」と。ガビーン、ですよ(笑)。レフェリーでデビューなんて嫌だと、すっぱり辞めました。

今思えばそんな諦めの良さが僕の悪いところで……レフェリーをしながらプロレスラーを目指して、それで結構有名になった人もいるのに、そういう選択肢がまったく思い浮かびませんでした。マンガだってめげずに投稿を続けていたら何とかなったかもしれないのに、あっさり止めてしまった。そこがプロになれる人とそうでない人との境目かなと思いますね。なにか1つの「ライン」があるんです。僕はそこを越えようとしなかった。

  • ※1漫画家・ちばてつや氏が選考する新人漫画賞
  • ※2フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング。大仁田厚氏が設立したプロレス団体。現在はない。

#2 芸人としてブレイクするも下り坂。でも土壇場で奇跡が起こったんです

2つの夢を諦めたものの「有名になりたい」という想いはやまず、俳優を目指して劇団に入団。しかし生来の滑舌の悪さを「致命的」と指摘され、またもすっぱりと諦める。折しも世間は『ボキャブラ天国』の人気で、お笑い芸人ブームが巻き起こっていた。いかついプロレスラーの扮装と、ぎこちない喋りのギャップが受けるのではないかとひらめいた若者は芸人の道へ。かくして「鉄拳」が誕生する。持ちネタは得意の絵を活かした「こんな○○は嫌だ」シリーズ。ユニークな芸風はたちまち脚光を浴びた-

すぐにブレイクして、バラエティ番組のレギュラーも次々と決まって。やっと来たな、これでもう安心、人生どうにかやっていけるとホッとしたわけです。でもそんな甘いもんじゃなかったですね。

その頃の僕は、先輩や、同じ時期にブレイクした人の人気が落ちれば、相対的に僕が上がると単純に考えていたんです(笑)。でも違った。次々と新しい人がブームを起こしては消え、また現れてと、いつまで経ってもその繰り返し。僕の順番が来ない。周りなんか関係なく、自分がちゃんと良いものをつくらなきゃ駄目だと気づいた時は、もう僕の居場所は少なくなっていました。このままだと10年後には絶対にやっていけないと思いました。

だったら今やめて違う仕事に就こう。相変わらず諦めがいいでしょ? 田舎に帰って地元の広告雑誌にでもイラストを描いて生計を立てよう、家も買おうと土地まで探して、あとは残りのスケジュールを消化するだけでした。

そんな時、パラパラマンガを描くという仕事が舞い込んできたんです。特に期待もせず「最後の仕事だな」と描いたものがテレビ局のプロデューサーの目に留まり、パラパラマンガを競う企画の番組に誘われました。そこで提出し優勝したのが『絆』です。また東日本大震災の復興を支援する番組で、自分にできることとして『ツナガル』という作品を描きました。その辺りかな、マネージャーさんから「(再ブレイクの)兆しが来てるんじゃない? 辞めるのは待ってみたら」と言われたんです。

マネージャーの言葉はすぐに現実となった。次に発表した『振り子』はネット上を中心に大評判となり、BGMに使った楽曲を演奏する英国ロックバンドの公式プロモーションビデオ(以下PV)に“逆採用”される事態に。パラパラマンガ家・鉄拳の名は一気に広まった-

本当に嬉しかったですね。『振り子』は完成後の反響もそうだけど、制作の過程でも“奇跡”が起きていたんですよ。というのは作品づくりの参考に、「人生とは何ですか」って街頭インタビューをしたのだけど、そこに偶然、ビートたけしさんが通られて「お前、何しているんだ」と。訳を話すと「がんばれよ」と颯爽と去っていかれて。カメラは遠くから撮っていたけど、周りの人はみなドッキリだと思ったみたいですね。たけしさんといえば僕らには雲の上の人なのに、偶然に街なかで会って、しかも声をかけてくれるなんて。「これは絶対に何かが起きる」と皆で言いあいました(笑)。

#3 絵だけで全てを伝えたい。鉄拳パラパラマンガの魅力とは

『振り子』は2013年の日本漫画家協会賞特別賞を受賞。その後もNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の劇中作画をはじめ、CMや書籍、雑誌に起用と依頼が引きもきらない。最近ではディズニー・アニメ映画の新作『ベイマックス』のPVも担当した。ディズニー・アニメーション・スタジオ作品のプロモーションに、スタジオ外のクリエイターがオリジナルストーリーを作るのはかなり異例だが-

ごく普通に、「描いてくれませんか」というオファーが来ました(笑)。意外だったけど、ディズニー映画は大好きなので、嬉しくて、本決まりの前から描き始めていましたね。制約が多そうな印象があったけど、そんなことはなく、むしろ本編の監督さんやプロデューサーさんまで面白がって盛り上がってくれて、「こうしたらもっと良いかも」とアドバイスまでくれて……。まさか(アメリカの)現場の方とやり取りができるなんて、夢のようでしたね。

『ベイマックス』は3分弱のPVだから作画枚数は1,150枚です。ただ、僕は下書きをせずに一気にシーンを描くので、パラパラした時うまくいかないと描き直し。それを含めると2千枚くらいですね。今は週1回、木曜日のテレビ出演で鉄拳に「変身」する以外は、自宅にこもり14時間ほどひたすら机に向かう毎日です。

気づけば、子どもの頃の夢だったマンガ家になっているんですよね、僕。遠回りだったかもしれないけど、プロレスやお笑い芸人の経験も間違いなく今につながっています。それに自分で言うのはおこがましいけど、僕のマンガが評価されるのは、「今の自分」が描いているからかも。歳を重ねるとともに、今までにない感情が湧いてくるのを感じるんです。

昔は田舎の親からリンゴが送られてきても、ひたすら「ウザイ」と思うだけで、親のありがたみなんか全然わかっていなかった。でもいつの頃からだろう……例えば、生きている時はあいさつにも行かなかった親戚の人が亡くなったりすると「取り返しのつかないことをした」と思うようになって。失って初めて、本当に大切なものを見つけた。そんな想いが自然とあふれ出たのが『絆』や『振り子』だったりするんです。だから僕のマンガにコメントしてくれるのは同世代の人が圧倒的に多いですね。「あるある」という共感なんでしょうね。

また、ほとんどは依頼あっての作品なので、クライアントさんの要望に応えて描くのですが、どんなに現実の厳しさを突きつけるテーマであっても、どこかに「救い」があってほしいという感覚はあります。何もかもうまくいかない、どうしようもない主人公であっても家族に見守られているとか、周囲に支えてくれる存在があるとか。それが僕のこだわりの1つかもしれません。

何よりのこだわりといえば、言葉のないモノクロームの世界で全てを伝えること。『振り子』の反響で気づいたのですが、あれは昭和の時代のヤンキーを描いたにも関わらず、海外の人も「わかるわかる」と共感してくれました。驚きとともに「絵だけで伝わるものを描こう」と決意が新たになりました。それには表情や動き、間(ま)といったものが大事。僕が下書きをしないのも、そうするとキレイに収まりすぎて躍動感が失われるからです。一気にえいっと描くと、(絵としては)キレイじゃなくても、パラパラすると不思議な味わいが生まれるんです。

#4 やってみなきゃわからないこともある。「この道」と決めた人はラインを越えよう

もう周りは関係ない。そして諦めない。良いものを創ろうと鉄拳さんはストイックに制作に打ち込む。引き受けた仕事に誠実に応えつつ、「100%自分が描きたい、オリジナルの短編映画」をつくり映画祭に出すのが今の目標だ。「冒険」とも語るその構想に、次はどんな作品世界を見せてくれるか期待は高まる。そんな鉄拳さんのメッセージとは-

昔、建築のアルバイトをしていた時に親方と昼食に行ったんですが、沢山のメニューに悩む僕に、「来るたびに違うものを頼めばいいじゃないか。どれが美味しいか、食べてみないとわからないよ」と言われたのが印象に残っています。仕事もまさにそうだなと。何が自分に合っているのかわからない人は、色々なことにトライしてみればいい。遠回りに見えても決して無駄にはならないと僕自身の経験から感じています。

もちろんやりたいことが決まっている人は、僕のようにあっさりと諦めず(笑)、見えない「ライン」を越えるためにがんばってほしいですね。そんな生き方も羨ましいと思うんです。

Profile プロフィール

鉄拳さん

1972年生まれ。長野県大町市出身。本名・倉科岳文。長野県立蓼科高等学校卒業後、上京し、プロレスや俳優の世界に挑戦する。1997年、お笑い芸人「鉄拳」としてデビュー。多くのバラエティ番組に出演するなど人気に火がつく。2012年、深夜番組のパラパラマンガ競作企画で発表した『振り子』が注目され、パラパラマンガ家として再ブレイク。現在はパラパラマンガ制作を中心に活動している。

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